みんなは「慈悲」という言葉を聞いたことがあるだろうか。宗教などでよく出てくる言葉だが、実は私たちの日々の生活の中にも深く関係している、とても大切な“心の在り方”である。
「慈悲」という言葉には、「慈(じ)」と「悲(ひ)」という二つの漢字がある。「慈(じ)」には、「人の幸せを願い、優しくする心」という意味があり、「悲(ひ)」には、「苦しんでいる人の痛みを自分のことのように感じ、助けたいと思う心」という意味がある。つまり、「慈悲」とは「他人の幸せを願い、苦しみを理解し、それを少しでも和らげようとする気持ち」のことと言える。
では、なぜ慈悲が大切なのだろうか。
例えば、あなたの友達が学校でうまくいかずに悩んでいるとしよう。そんな時、ただ「がんばれ」と言うだけではなく、「大丈夫?何か手伝えることある?」と寄り添う言葉をかけること、これが慈悲のある行動と言える。相手の立場に立ち、その人の気持ちを理解しようとする心から生まれる行動こそ、本当の優しさなのだ。
現代は、SNSなどで簡単に言葉を発信できる時代。でもだからこそ、無意識のうちに誰かを傷つけたり、反対に自分が傷ついたりすることもある。そんなとき、慈悲の心をもっていれば「この言葉は相手をどんな気持ちにさせるだろう?」と考え、想像し、優しい選択ができるようになるはずである。
慈悲の心は、特別な人だけがもてるものではない。誰にも備わっている心の力だ。例えば、電車でお年寄りに席を譲る、困っている人に「大丈夫?」と声をかける、友達が失敗したときに責めずに励ます。そういう日常にある小さな優しさが、実はとても大きな価値をもっていることを知っておこう。
ある世界的に有名な医者が言ったこんな言葉がある。「人は、自分の病気を治してくれる人のことは忘れても、自分に優しくしてくれた人のことは忘れない。」それだけ優しさは人の心に深く残るということだ。
慈悲のある人は、周りから信頼され、自然と人が集まってくる。それはその人が他人に安心感を与えているからだと言える。そして、慈悲をもって生きることは、周りの人を幸せにするだけでなく、自分自身の心も穏やかにしてくれることだろう。自分を大切にすることができる人は、他人のことも大切にできるようになる。だから、慈悲は「他人に向けるもの」であると同時に「自分に向けるもの」だという視点もしっかりもっておいてほしい。
もちろん、いつもだれにでも優しくするのは簡単なことではない。自分のことで精一杯になったり、イライラしたりして、うまくいかない日なんてよくある。そんなときは、まず自分自身にも慈悲の心をもってほしい。「今日はうまくできなかったけど、よくがんばったよね」と。自分を責めるのではなく、“労(ねぎら)う”ことも忘れずに。
みんながこれから中学生、高校生、そして大人へと成長していく中で、勉強や進路、人間関係など、さまざまなことに悩む日もあると思う。でも、どんなときも「自分にも他人にも優しくあろう」とする気持ちを忘れなければ、きっと人生を前に進められるはずだ。世界がどれだけ便利になったとしても、人の心が冷たくなってしまっては意味がない。技術の進歩よりも大切なもの、それは人と人とのつがなり、そしてそのつながりをもたらす「慈悲の心」だと思う。
先日、私の娘が学級委員に立候補した。立候補する朝、私が出勤するために家を出る時に、娘に「学級委員になれるといいね。ただ、なってもならなくても、クラスのために働くんだよ」と声をかけた。娘は元気よく「もちろんっ!」と返してくれた。私は心の中で「あぁ、この子は学級委員になってもならなくても大丈夫だ」と思えた。人のために優しくすることが、自分の幸せとつながっていることを知っているんだ。これからも一番身近な大人として、語りかけていきたいと思う。
最後に、こんな言葉を紹介しよう。「優しさは、目には見えないけれど、最も強い力であり、世界を変えることができる」みんなが日々の生活の中で、少しでも慈悲の心を大切にして、周りの人たちと温かい関係を築いていけますように!慈悲の心で世界を癒そう♪



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