「日本一の高校生になりなさい―――」これはスラムダンクという有名なバスケットボール漫画で、安西先生(監督)が流川楓(るかわ かえで)という自分の高校にいる選手に、これから始まるインターハイ前のタイミングで伝えた言葉だ。この言葉によって、自分に明確な“道”が見えた流川。その後の優勝候補筆頭の山王工業を破る原動力になったことは言うまでもない。今日の話は、『目標の立て方』についてだ。
今日は個人というよりも、クラス単位の話。学校は1クラス20~30人くらい。同じ空間で一緒に勉強をするシステムになっている。1年間、結構な時間を一緒に過ごすから「運命共同体」と言ってもいい。さまざまなパフォーマンスがクラスの雰囲気に左右されるってことは大いにある。明るく楽しい雰囲気なら、不満も少なく毎日を楽しくやっていけるし、仲が悪くてケンカが絶えないなら、勉強などへの影響もそれなりにあるような気もする。私が担任をしていた頃に、クラスとして成長することができた経験について話をしよう。
当時、小学校3年生の担任をしていた。保健委員会がキャンペーンで「ハンカチをもって参加するイベント」を企画してくれ、そこでわがクラスは1週間(5日間)参加した子の割合が全校で一番多いクラスになったのだ。しかも全校集会で表彰された。学校で1位だったので子どもたちはとても誇らしげな表情をしていたのを覚えている。そして、そのすぐあとに行われた図書委員会による「本をたくさん読むキャンペーン」にも前向きに取り組み、そちらでも全校の前で表彰を受けた。
しかし、そんなクラスでもすべてが順風満帆だったわけではない。どんなクラスでも課題はあるものだ。例えば、小学校では宿題が毎日あるけど、その宿題がちゃんと全員出せているわけではなかったし、授業に必要な物を忘れてしまうこともなかなかなくならない。授業中で言えば、自分の意見をもっていても手が挙がらず、半分以下の子たちだけで考えを出し合っているような感じだ。そこで子どもたちにこんな声をかけた。それは、「宿題を出そう」とか「忘れ物をしないようにしよう」とか「手を挙げよう」という直接的な言葉ではなく、『宿題提出学校1位を目指そう』とか『忘れ物少ない学校1位になろう』とか『手挙げ学校1位を取ろう』といった感じだ。「個人を尊重する時代に“クラス”かよ」「忘れた人が責められるじゃないか」と言った声が上がってきそうだが、案外やってみると面白い。だんだん助け合うようになるし、何より子どもたち一人一人の自覚が上がるんだ。大人は仕事をしていると、忘れ物がゼロというわけではないかもしれないが、子どもたちの忘れ物をする確率と比べると、大人の忘れ物は圧倒的に少ない。それは結論“自覚の差”だと思う。
他にもメリットがある。それは“なんとなく基準”だ。私のクラスでは、「今は“たぶん”〇位くらいだよね」といった具合に、アバウトに自分たちを自分たちで評価していた。だから、先ほどあったみたいに特定の人が責められにくい環境になっていた。また、“立ち向かう相手”は自分たちが想像する架空の世界の中にいるので、誰かと勝ち負けをするのではないから勝負事でよくある“敗者”がいない。クラスのみんなが宿題を1週間忘れずに過ごしたら、「今はきっと全校でも1位だよね」と“勝手に”評価するのだ。そして、背面黒板にそれを掲示して「見える化」し、それなりに高い意識が続くように環境を整えた。
この取り組みには、あなたが学校でクラスを巻き込みたいと思った時のヒントが隠されているかもしれない。個人の時代だからと言っても、集団で過ごす学校では、良い雰囲気で過ごすに越したことはない。そして、『本当に個人主義でいいの?』というアンチテーゼとしてもぶつけたい。個人を優先する人が増えて他人に関心をもつ人がいなくなるなんて、社会全体としての幸せが増えるとは到底思えない。だからもし、あなたが今のクラスの雰囲気にやや困り感があって、何とかしたいと思っているなら、ぜひクラス全体で『〇〇で学校1位を目指そうよ』と声を出してみてはどうだろう。まずは担任の先生にでもいいと思う。そしたら次は言いやすい友達に。一人が二人、二人が三人といった具合に、徐々にムーブメントを巻き起こしてみたら、主体的な学校生活が送れて面白い。その他にも「声の大きさ学校1位」や「そうじ学校1位」など、さまざまな称号を勝手に作って、その成果を教室掲示にしていっても、なかなか攻めてるクラスでいいじゃん♪
やっぱり言われたことだけやる学校生活ってつまらないから。もちろん、言われること(=最低限やるべききこと)をちゃんとクリアして、”プラス”自分たちらしさを磨いていけるといいよね。
さてさて、まず何で学校1位を目指そうか!?



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