みなさん、こんにちは。今日のテーマは「人の幸せを幸せだと思う心」について。……って言うと、「うわ、道徳っぽいな」と思った人、正直に手を挙げて。はい、分かるよその気持ち。だけど、これはお説教ではない。実はこのテーマ、学校生活の中でもけっこう大事な場面にかかわっているんだ。
たとえば、こんな場面、思い当たることはないかな?給食で人気メニューが余ったとき、じゃんけんで勝った友達が大喜び。負けたあなたはそれを見て「よかったね」って言いたい気持ちもあるけど、実は内心ちょっとくやしい。
テストが返ってきて、100点とった友達が「やったー!」と喜んでいる。「すごいね」って言いつつ、頑張ったのに結果が出なかったあなたは「なんであいつだけ…」って思う。
こういうことって、誰でもある。
「人の幸せをうらやましいと思う心」は、ある意味、自然なこと。でもそれと同時に、「その人がうれしいと思っていることを、一緒に喜べる」っていうのは、とても力の要ることでもある。
ここでちょっと質問!人の幸せを喜べる人って、どんな人だと思う?具体的にはこんな人のことかな。
・友達が賞をとったら、すぐに「おめでとう!」って言える人。
・班で自分の意見が通らなくても、決まったことに協力できる人。
・掃除や係活動でだれかががんばっているとき、自然と手伝ったり声をかけたりできる人。
こういう人がクラスにいると、空気が温かくなる。なんとなく安心できるし、「自分もがんばろうかな」って思える。じゃあ、どうしたらそんなふうになれるのか?
まず第一歩は、「うらやましい」と思ってしまう自分を責めないことかな。「自分はなんで人の幸せを素直に喜べないんだろう…」って落ち込んでしまうと、余計にモヤモヤする。人はだれでも、自分が大事。だから、少しくやしくなるのは当然。でも、その気持ちのあとに、ちょっとだけこう思ってみて。
「この子、今すごくうれしそうだな」「がんばってきたのかもしれないな」「自分も次、がんばってみようかな」
たったそれだけで、心の向きがすこし変わると思う。
私自身、子どもの頃学校で黒板係をしていたとき、最初は「めんどくさいなー」と思っていた。でもある日、クラスの子が「黒板きれいにしてくれているの、ありがとね」って言ってくれたことがあった。その一言で、「ああ、こういうことで誰かがちょっと幸せになるんだな」と思ったことがある。
自分がしたことで、だれかの一日がちょっと良くなる。それって、すごくうれしいこと。そして今度は、だれかがそういうことをしていたら、自分が「ありがとう」って言いたくなる。そんなふうに、喜びや感謝は、まるで風船みたいに、人から人へふわふわと渡っていくものかもしれない。
「人の幸せを幸せだと思う心」は、無理に作るものじゃない。まずは、相手のうれしそうな顔を、ちゃんと見てみること。そして、そこに少しでも「よかったね」の気持ちが生まれたら、それを大事にしてみよう。きっとその心は、誰かの心にも届くはず。そしてめぐりめぐって、自分の心も温かくなっていく。
よくよく考えたら、人が幸せになるってことは、世の中にとってのプラスが増えたということ。素直に喜ぶべきことな気がするよ。そして、人の幸せを心から喜んだら、次はあなたが幸せをゲットした時に、心から喜んでもらおうよ。そういう人間関係って「正のループ」になって、無限に幸せがやってくるのかも。人と比べて優劣をつけたら“1番にならないと幸せになれない世の中”ってことになっちゃうもんね。そんな世の中窮屈でしかたない。みんなが幸せになる、それは難しいことだけど、幸せを分かち合える環境だったら、毎日ハッピーになるんじゃない?だって誰かしら小さな幸せを得ているはずだから。
……さて、次の給食はなんだろう?じゃんけんのときは「勝っても、負けても、気持ちよく」いこうね。



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