シャイの罪

学校

 あなたはシャイつまり“恥ずかしがり屋”だろうか。それとも、自分の考えを比較的自由に伝えることができる人だろうか。今回はそんなテーマで話を展開していこう。タイトルにもある通り、シャイであるといろいろと不都合がある。”本人の問題”だけには収まらない、さまざまな問題を発生させてしまうことがある。さて、どんな不都合があるのだろうか。

1.新しい環境に馴染みにくい
 はずかしがりだと、初対面の人と打ち解けるまでに時間がかかる。特に新しい人間関係がスタートする4月、最初の印象が大事な場面なのに、恥ずかしいからという理由で静かにしていては全体の雰囲気に取り残されてしまう。初めての滑り出しってとっても重要。ましてや高校や大学、社会人になるなど真新しい環境にうつる場合は特に。
 最近、お笑い芸人の「霜降り明星」のせいやさんが書いた本『人生を変えたコント(ワニブックス)』を読んだ。そこには、せいやさんが高校生活で受けたいじめ、そしてそれによって円形脱毛症(の中でもかなりのステージだったらしい)になったこと、そしてそれに打ち勝つ素敵なストーリーが著されている。いじめに打ち勝つせいやさんは本当にすごい…が、それはせいやさんだから克服できたことなのだろう。日本のお笑い界のビッグイベントM-1グランプリを史上最年少で取るような才能の持ち主(相方の粗品さんもスゴイね)だから。正直、ほとんどの人は学校をやめているか、転校しているんじゃないだろうか。私も自分がひどい円形脱毛症になったとしたら、立ち直る自信はない。一旦その環境から離れることを選択するだろう。この物語にはクソヤローないじめっ子がいるのだが、あなたが将来新しい環境に進んだ時に、そんな人がいないとも限らない。確実に相手が悪くて、避けられようのないことはあるかもしれないが、自分自身をそれまでに成長させることによって避けられるトラブルってのもきっとある。運に任せる人生であってはいけない。

2.チャンスを逃しやすい
 自分が「こうしたい!」と思っても、他の人がいるところだと遠慮して言い出せなかったり、自己アピールが苦手だったりすると、せっかくの成長できるチャンスを逃してしまう。
 そして、そんなことをくり返しているうちに、自己嫌悪に陥ったり、自分を守るために人のせいにしたり、悪口や陰口を言うようになったり(不満もまともに言えないからね)、自分に似たもの同士でマイナス言葉を言い合ったり(今のSNSの負の側面なんてそんな感じだよね)…。
 人間のそういった負の感情というのは、外にだせないことで消化不良となり、校舎に落書きをしたり、人のものを盗んだりといった行動に出ることがある。私も学校の先生をしていた頃、校舎に落書きをしたり、画鋲を人の上靴の中に置いたり、トイレットペーパーを丸々便器につっこんだりするなどの“暗い行為”って、見るからにヤンチャな子がやるというよりも、「え?君が?」と一見おとなしそうな子がやるということが結構あった。ストレスを解消するためには、“嫌なことを言葉としてちゃんと口に出す”ということがすごく大切なんだ。もちろん、言いたい放題言うというわけではないけどね。

 学校は家とはちがって「外の世界」「社会」の一つだ。自分をより成長させる場所だと設定して、そこで自分を磨く自覚をもつ必要があろう。「個性を伸ばすこと」とともに、「社会性を学ぶこと」も学校生活においてとても重要な要素だ。例えば、声が小さい子。きっと恥ずかしがりな性格もあると思う。でも、コミュニケーションを取るうえで、相手に伝えるためには、声を相手に届けなければならない。相手に気を遣わせたり、何度も「え?何って言った?」と尋ねさせたりしていいものでもない。人に迷惑をかけてしまうことが分かっている状況において、それをそのまま放置しているのは、はっきり言って周りの人への”甘え”だろう。周りの人の優しさに寄りかかり過ぎだ。自分をメタ認知(自分を客観的に見つめること)する上で学校は便利だぞ。自分がどんな人間かを分析するのに、他人という“比較可能なデータ”が多く存在するわけだから。いつまでも「自分は○○が苦手だから…」と成長しない宣言をしていても、誰も何も得しない。学校とは、自分というプレーヤー(主人公)を成長させる場所だ。あなたはロールプレイングゲームの主人公。自然に振舞えるに越したことはないが、まずは”演技すること”から始めてみよう。なりたい自分になりきる、演じてみる。習慣化されたら、ほとんどのことなんて全然大したことじゃないんだからさ♪

コメント

タイトルとURLをコピーしました