新しいものを取り入れるということ

生き方

 今月の娘の誕生日を機に、我が家に初めてのゲーム機『ニンテンドースイッチ』がやってきた。自分好みの色のコントローラーを選べるのは、まさに個性の時代。美しい有機EL画面からは「映画かよっ」とツッコみたくなるような魅力的な映像が次々と映し出される。

 初めて買ったソフトは「ピクミン4」。癒されるキャラクターとのんびりしたストーリー。さまざまなミッションをクリアしていくので、少しずつ成長することが実感でき、毎日やっていても楽しい。娘と一緒に“現代のゲーム”に挑戦する時間はかけがえのないモノだ。

 しかし、問題が発生した!「時間が捻出できない」のだ!

 平日はゲームをする時間を「セーブが1回できるまで」ということにしてスタートしたものの、始めは操作が不慣れだったので、セーブを1回できるまででも30分~40分くらいかかってしまうこともしばしば。すると、もともと時間にたっぷり余裕があった生活だったわけでもないから、その30分~40分という新たな時間が生まれたことで生活がより圧迫されるようになったのだ。それまでにルーティンとしていた「お菓子を食べる時間」や「テレビを見る時間」が生み出せなくなってしまった。そのことに多少のストレスを感じている娘の様子を見た時に、「楽しいことができるということは必ずしも幸せになるわけではない」ということを感じるとともに、『新しいことをするということは、古いことを捨てるという作業も同時にしなければならない』という真理を自覚するに至った。他人事のように客観的に娘を見ていたので、このような時間の“足し算”“引き算”を頭の中で簡単にできたが、それが“自分自身”の場合、日常生活を変えるというのはそんな容易なことではない。

 そこで、娘に話をした。「ゲームは楽しいからやってもいいけど、睡眠時間を短くすることはできないから、もしこれからもゲームをやりたいなら、今までやっていたことをやめるとか、何か工夫をしなくちゃいけないよ」と。小学2年生の子には難しいことではあると思うが、その現実に自分なりに向き合ってこその成長があるはず。だから、これからも親として基本的には見守り、時にはアドバイスを送っていきたいと思う。

 やりたいことが多いという人にとっては、決して他人事ではない内容ではないだろうか。私の娘と同じように「新しいゲームを買った」や「新しい習い事を始めた」、「付き合う人ができた」など、あなたの日常に大きな”存在”として入ってくるものは、頻繁ではないかもしれないけど不定期にくるだろう。そんな時、“上手く生活の中に組み込まなければならない”という意識は必要なのだ。「あれもこれも手放せない…」と取捨選択に苦労することもあると思う。そうなった時は、まず、「食事」「睡眠」この2つだけは必ず守るようにしよう。中学生であれば、「学校」もその次に必要になってくるだろうか。優先順位を考えると、なにを取捨選択すればいいかハッキリしてくる。案外やる必要のないものなんてたくさんあるものだ。私事ではあるが、教員をしていた頃「子どもたちのために」という思いで一生懸命働いていた。そのこと自体はとても良かったのだが、やはりSDGsの時代!持続可能でなければならない。始めの1週間だけ頑張れても意味がないのだ。だから、教員としての経験を積みながら、「人生」や「仕事」の中での優先順位をつけるようにした。そうすることでがむしゃらに働くのではなく、できる限り勤務時間内に仕事を終わらせるために、くふうをして仕事をするようになり、それなりの成果が出たように思う。

 娘の場合、ゲームの時間が自分にもたらす幸福が10ptだとして、テレビ番組で得ていた幸福が8ptとしよう。テレビを見るのをやめたので-8pt、ゲームを始めたので+10pt。結果、幸せが2pt増えたということになる。もちろんこんな単純な計算式では人の幸福など測れないが、何かをやるということは、何かを捨てる必要があるかもしれないということだし、取捨選択をした以上、よりよい結果になることを求めていきたいものである。

 あなたの日々の生活は過去の自分からアップデートされているだろうか。新しいものを取り入れることは“より幸せになる可能性がある”ということだ。でもそれが本当に自分のためになるかは、しっかり吟味しなくてはならない。チェックしなければならない。
 昔やったロールプレイングゲームで、自分の装備品をどんどん替えて、今の自分の“最適解”を探す作業にも似ているなぁ…と、ふと過去の記憶に思いを巡らせてしまった。

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