目の前のことに集中して、がむしゃらに頑張って…。教師をしていた当時、掃除の時間の子どもたちの様子を見ながらよく思っていた。「あの子は今自分のやることにしっかり取り組めているな」と。思い起こせば、図画工作の時間もそうだった。図画工作は基本的に自分一人で作品を作るので、初めに先生が少し説明してからは、ひたすら自分の作品と向き合う時間が続く。私は小学校の教師だったが、一度、中学校の美術の授業を見に行ったことがあった。レタリングと言って、文字の書体を変えて美しくする学習に生徒たちが取り組んでいた。そこには、”目的地”を理解した生徒たちの真剣な眼差しがあった。あれほど一生懸命に取り組むことが保証されている環境って素敵だし、やるときはやるという信頼関係が整っているのだなと、見ていて清々しく思えた。外で行っていた体育の授業も見せてもらった。すると、体育の先生は時折冗談を言っているのだけど、生徒たちは真剣に野球ボールでキャッチボールをしていた。ふざけるという雰囲気は一切なく、無駄のない準備運動から練習まで、自分たちで進めていた。中学生ってかっこいいなぁと思った。
ここで、今回のタイトルに着目したい。『没頭』とは「一つのことに熱中すること」だ。そして、『俯瞰』とは「物事を広い視野で見ること」だ。この組み合わせがとても大切なんだ。
例えば掃除の時。自分の掃除担当が“教室の水拭き”だったとして「今日はこの棚一か所に集中しよう!」と没頭してもよいと思う。でも、毎日ひたすら同じごくわずかな狭い場所だけをきれいにしてもいけない。それはあなたの与えられた仕事を全体で見ていない、つまり俯瞰していないということになるからだ。あなたが教室の水拭き担当で、担当範囲が「教室の前面の棚全て」だったとしよう。まず初めにやることは「全体像を把握すること」だ。あなたが「めちゃめちゃ丁寧にやりたいけど、この範囲全体をキレイにするのに15分じゃ無理!」と考えたら、1日の掃除では、全部ではなくてできるところまでやればいい。月曜日に残した分は、火曜日にやればいいのだ。丁寧にやらずに全部やろうとすると、いつまでたってもそこの棚はきれいにならない。掃除の目的は「キレイにすること」だ。毎日全体を掃除しなくても、自分の与えられた範囲を3日~1週間かけてやりきれば十分だと思う。
また、水拭きだと、水垢が拭いたところに残ってしまう。そうしたら先生に「水拭き担当だけど、からぶきで水拭きしたあとを消したいのですが…」と相談したら、喜んで2枚目の雑巾をくれるだろう。こんな感じで自分の仕事をアップデートしていけば、掃除の15分間なんて、とても有意義な時間になるはずである。自分の仕事に変化をつけず、何も考えずに同じことをくり返しているからつまらないと感じるのであって(それでもつまらないと思わない人もいるが)、そこに自分なりの考えを入れれば、けっこう楽しいと思う。ぜひ来年度、新しい掃除場所で有意義な時間を過ごしてほしい。
先に、美術や体育の時間の話をしたが、担当の先生の指示を素直に聞いて、やるべきことに没頭しているとすると、「え、じゃあ俯瞰力は?」という疑問が出てくる。ほとんどの生徒は、先生に「このように描きなさい」と言われたからやっているのだし、「準備運動のやり方」はこういうふうに決められているからその通りにしているだけである。
中学校は小学校の“3倍”くらいの学習内容がある。だから、有無を言わさず与えられる活動というのがけっこうある。そんな時は、『この活動は何のためにやっているのかな』と考え、“学校での活動”とそれを“活かす場所”をつなげるという視点をもってほしい。これも大切な俯瞰力だ!全部が全部すぐに役立つわけでもないし、将来使わないことも多々ある。でも、例えば美術の時間に習ったレタリングの技術を卒業文集の実行委員になって活かす子もいるだろうし、体育の準備運動から、同じことを同じ順番で行うというルーティンワークの大切さや便利さを学ぶ子もいるだろう。学校で掃除の楽しさを学んだことで家でも掃除をするようになる子もいるだろう。
全体を見渡して自分のやるべきことを決め、決めた目の前のことに全力で取り組む。その繰り返しの中で、“自分らしい考え方”というものを磨いていってほしい。



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