時間を決める

生き方

 おはよう!さて、今日は日々の過ごし方について話をしようと思う。みんなは、「学校だとそれなりに過ごしているけど、家ではダラダラ過ごしてしまう」なんてことないだろうか。り返ってみると、多くの人が自分の中に「2つの人格」を持って過ごしているような気がする。こう言っている私もまさにそうで、それは人として“社会性(集団の一員としてふさわしい性質)がそなわっている”状態だと言える。幼稚園ようちえんや保育園の子たち(特に3歳くらいまで)は、学校でも家でも小学生や中学生のみんなほど、学校と家とのふるまい方に大きなちがいがない。よく言えば“自然体でいる”とも言えるが、決してそんな意識はなく、単純に社会性がまだ備わっていないだけである。

 みんなはこんな経験はないだろうか?
 私は小学校の教師をしていたので、毎年1・2学期と合計2回、担任をもったすべての子のお家の人と「懇談会こんだんかい」をしていた。子どもたちの学校の様子を伝えるこの懇談会での“あるある”なのだが、お家の人のリアクションが「本当ですか?家と全然ちがうんですけど…。家ではダラダラ過ごしているんで。」と言われる。そんな学校でのわが子の話を聞いて家に帰ってきたお家の人に「いろいろめられたけど、家と学校とで、人が全然違うじゃん(笑)」と言われたことはないだろうか?

 社会性というのはTPOティーピーオーつまり「時と場所、場面に合わせて適切な行動をとること」である。この“適切”というのがなかなか難しいし、答えは決して一つじゃないというところにも個性の余地があっていい。同調圧力に押しつぶされる必要もなく、逆にあえて自己主張することで「あいつカッコいいなぁ」とプラスの評価をされることもある。逆に“訳もなく”ただいい子にしていると、それは本来の自分から離れすぎていて、気持ち的に疲れてしまうということもある。だから、自分の行動というのはちゃんと自分の気持ちと結び付けておく必要があるのだと思う。なぜ自分は学校でこんな行動をしているのか…?ぜひ考えながら、人としての成長・成熟を目指していってほしい。

 今回の本題に突入しよう。学校生活ではなく、家での生活・過ごし方についてだ。“ダラダラと過ごす”そんな時間があってもいい。「自分は過ごし方にメリハリがなく、時間の使い方が下手だなぁ」って思う人~?たくさんいるよね!私が教師をしていた時に、子どもたちと『学校と家との違いはなんだろう』って話したことがある。出た結論けつろん“活動する時間が決まっているかどうか”ということだった。家でも活動する時間を決めると、生活が大きく変わる。これはスケジューリングプランニングと言って、誰も何も言ってくれない大人や、意識いしき高い系の学生なら当たり前にやっているし、小学生でもできる子は世の中にたくさんいると思う。よく“規則正しい生活をする”という言葉があるが、それはまさに“時間を決める”ということなんだ。何度も聞いているのに右耳から左耳に抜けて、特に深く考えなかったあの言葉の意味はそういうことだ。

 今言っていることに対して「えぇ、家くらいくつろがせてよ~!」という声が聞こえてきそうだ。正直ダラダラ過ごしていても、今の現状に満足しているのであれば、聞き流してくれていい。ただ、時間には限りがあるし、時間との付き合い方というのは、一生使えるノウハウ(技術)だ。夜の20~21時の1時間を「自由時間」と決めて自由に過ごすことも立派なスケジューリング。一度、自分の生活を見直すキッカケになると嬉しい。

 あと、”大きなイベントを入れておく”というのも長い期間において生活にメリハリが生まれていいと思う。基本的に日常というものは、大きく変化のない淡々とした時間の繰り返しでもある。土日や大型連休(GWや夏休み、冬休みなど)にやりたいことを入れることもオススメだ。もちろん、まだお金をかせいでいない人が多いみんなは、“USJに行く!”と言ったところで行動に移すことがなかなかできないかもしれない。でも、そんなことはない。家族で行くのであれば、それは交渉こうしょうだ!お家の人と契約けいやくを結ぼうじゃないか!「自分は〇〇までに、□□を達成するので、次の夏休みに△△に連れて行ってください」とか、友達と行くのであれば、「お家の人が納得する安全な行き方や時間の使い方を伝えて、少し計画を立てることを手伝ってもらいながら、自分のお年玉などで行く」んだ。自分のお金を使うと、無駄むだにしたくないから、めちゃめちゃ前もって準備じゅんびすることができるし、生きる力がガンガン成長するし、すっごくいいと思う。

 時間を決める。やることを決める。ざっくりでいいから、まずは今日の予定をいつもよりくわしく考えるところから”一歩”み出そうか♪

コメント

タイトルとURLをコピーしました