本の紹介「金持ち父さん 貧乏父さん」

本の紹介

 おはよう。昨日はどうしてもブログを書くことができなかった。だから、今日は昨日の分も気持ちを込めて書こうと思う。今日はとっておきの本の紹介をする。

 タイトルの「金持ち父さん 貧乏びんぼう父さん」という本は、ロバート・キヨサキさんが2013年に出版しゅっぱんした大ベストセラーだ。物語はアメリカ、ハワイでの話。主人公の「私」には二人の父親がいる。複雑ふくざつな家庭というわけではない。一人は本当の父親で、もう一人は父親と呼べる、自分に「お金のこと」を教えてくれるおじさんだ。お金のことを教えてくれるおじさんを『金持ち父さん』と呼び、本当の父親を『貧乏父さん』と呼び分けている。

 ここでみんなに質問しよう。一方の父親は高いレベルの教育を受け、大学で「博士号はくしごう」まで取得している(ちなみに日本で一般的いっぱんてきな四年制の大学を卒業すると「学士がくし号」、大学院を2年間行き単位を取得すると「修士しゅうし号」、そしてさらに大学院で3年間学んで必要な単位を取得すると「博士号」を取得できることになっている)。そして、もう一方の父親は高校すら卒業していない。さて、どちらが「金持ち父さん」でどちらが「貧乏父さん」なのだろう。正解は…、高いレベルの教育を受けていたお父さんが「貧乏父さん」で、高校すら卒業していないお父さんが「金持ち父さん」だ。この本は、決して“学歴が高いかどうかは、金持ちなるかならないかに関係しない”という話ではない。こと日本で言えば、学歴社会の気質が強い国だから、「学歴」と「収入」にはそれなりの相関関係がある。話の中の「金持ち父さん」は、単純に“お金を持っている”ということにとどまらず、“人生を豊かに生きている”という側面もあわせ持っている。それに対して、「貧乏父さん」は、会社の中で素晴らしい成果を残し、平均以上の収入を得ているものの、常に仕事に追われており、決して豊かな生き方をしているようには感じられない。単純にお金がない”貧乏”ではなく、考え方に“貧しさ”がある

 二人はお金に対しての考え方がそもそも違う。主人公の「私」が高価なものを買いたいと思ってどうしたらいいか二人のお父さんにたずねたら、貧乏父さんは「そんなものを買う金はない」と言うが、金持ち父さんは「どうやったらそれを買う金を作り出せるだろう?」と私に問う。二人ともよく働く人ではあったが、貧乏父さんはお金のことになると考えることをやめる傾向があり、金持ち父さんはそのためにはどうしたらいいか頭を働かせた。

 日本には無償むしょうでやること美徳びとくとし、”お金をもらわなくてもやってあげる”という精神がある。もちろん、外国にもボランティア活動はあるし、なんならアメリカの資産家しさんかの“寄付きふ”のがくなんて半端はんぱではない(もちろん、そこにはお金を出す意図もあるようだけど)。日本はお金を稼ごうとすることにやや“ネガティブ”な雰囲気があるととらえている人が結構な割合存在する。ただ、お金がグルグル回らないと経済もよくならないし、日本の今直面している所得(=かせぎ)も上がらない。

 本のはじめの方にこんな一節がある。

 学校ではお金について教えない。学校で教えるのは“学問的な”知識ちしきや技術だけで、“お金に関する”知識や技術は教えない。一般的に優秀な職業とされる医者や会計士たちは稼いでいるのにお金のことで苦労してしまう理由はここにある。政治家や役人(〇〇省などで働いている人)もお金に関する訓練を全く受けていないから、国の財政ざいせいきびしくなっている。

 みんなはまだ若い。とは言え、今でも同じ世代の人でお金を稼いでいる人なんて世の中を見渡せばたくさんいる。お金について勉強している人もいる。そんな中、お金について学ぶスタートを切らなくてもいいのだろうか。学校では教えてくれない。この本は言葉もやや難しいから、小学生ならもっと簡単な本でもいいと思う。世の中のことを知りつつ同時に学校の勉強も進めていった方が、「なぜこの勉強しているんだ?」という疑問にも自分なりに答えられるだろうし、高いモチベーションで学び続けられるのではないだろうか。学校の勉強は必要だ。でも十分ではない。みんなは学校での学びと同時に世の中のことも学んでいった方がいい。ニュースをテレビやネットで見ることはもちろん、本も読みながら新しい世界の知識や考え方に触れていってほしい。学校の教科書の中だけでは、いい学校に進学できても、豊かな人生という保証をつかむことはできない。

さぁ、賽は投げられた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました