今日、高子屋で久しぶりにディベートではなくディスカッションを行い、「消費税をどうしていくべきか?」という話し合いをした。議事録にはその詳細を載せようと思うが、当然のことながら、消費税について話し合うには、それなりの知識が必要である。今まさに衆議院議員選挙直前(明日が投開票日)だが、あなたが高子屋のディスカッションに参加したとしたら、どのような“持論”を展開できるだろうか?
今日の高子屋では、消費税率は現状(8~10%)に対して、「一律10%にする」や「そのままでいい」、「一律8%にする」などの意見が多く、「0%にする」や「20%にする」などの現状から極端に増やしたり減らしたりするという意見はなかった。どの意見も、そう考える理由をちゃんと述べていたが、“情熱(パッション)”がやや足りなかった気がする。それもそうだろう。理由が大きく2つある。1つは『切迫感がなく、自分事として考えにくいこと』。もう1つは『そもそも知識が少ないから単純に話に入り込めないこと』によるものだ。
1.切迫感が足りない…
そもそも今の中学生は、コンビニなどで自らが買い物をするようになってからずっと、10%の消費税で育ち、その環境に慣れきっている。2019年10月から消費税は10%(食品は軽減税率で8%)なのだから無理もない。2021年4月からは、税込み価格である”総額”を表示することが義務になり、“どれだけ消費税がかかっているのか”を意識していない(したことがない)というのが小中学生たちの現状であろう。
そして、何%になろうとも、「うわぁ困るなぁ…」とため息を出してしまうほどの大きな買い物をしていないのもその理由だ。(税別で)5000万円の家を建てるとして、そこに8%の消費税がかかるとしたら、税込み総額は5000万×1.08=5400万(円)になる。それに対して10%だとしたら5000万×1.1=5500万(円)だ。100万円も払うお金が変わるのだとしたら、消費者にとっては少しでも消費税が低い方がいいに決まっている。お金を払う親世代からすると死活問題だ。
2.足りない知識…
消費税は1989年4月から3%でスタートしたが、”どうして消費税が導入されたか”を知る必要がある。1980年代、日本はすでに高齢化社会がおとずれ、医療・年金・介護のためのお金がもっと必要になってくる未来が見えていた。それまでの財源を支えていた所得税(給料にかかる税)や法人税(会社の利益にかかる税)だけでは、将来の日本の財政がもたないという危機感があったのだ。
また、所得税や法人税というのは、景気の良し悪しに左右される税であり、もっと安定的に収入が見込める財源がほしかったのだ。だってそうでしょ?景気(世の中のお金の循環)が悪くなると、会社の利益が減り、働く人の給料が落ちる。すると、税収が一気に減ってしまうってイメージできるよね。そこで、“みんなが広く少しずつ負担する消費税”が考えられたんだよね。
そしてさらに、税の負担を「働く人」だけに集中させないという考えも、消費税が生まれた理由の一つなんだ。所得税や法人税が先ほど述べたように「給料をもらう人」と「会社」に負担を強いるのであれば、それ以外の人は関係のないことになる。財政の支出によるサービス(医療や福祉等)は全員が受けられるにもかかわらず、一部の人だけが負担をするのは間違っているという考え方だ。海外では消費税は当たり前であったことも、消費税の制度を後押しした要因だ。
国家規模だとピンと来ないが、今消費税による収入が約30兆円。単純計算で消費税率が1%下がると3兆円の税収が減ってしまう。国家予算が約120兆円だとすると、その中の30兆円ってかなり大きい。先ほどの“安定的財源”という意味合いでも(今回の選挙で多くの政党が減税を訴えているが)、簡単に「0%」というのはリアルではないだろう。また、先ほど“経済とはお金の循環である”とも言ったが、今の日本が「お金をしっかり循環できる環境」であるかどうかを考えるのもいい視点だろう。消費税は確かに無い(0%)方がお金が循環しやすい。しかし、忘れてはならないのは、”政府が使うお金を確保するために、その循環から政府にもお金が流れる仕組みが必要”だと考えよう。医療や福祉・年金など困っている人を中心に豊かさを再分配したり、サービスを提供したりするのも国や自治体の仕事だ。
中学3年生は15歳。たった3年経つと18歳となり選挙権が得られる。「3年あるから大丈夫!」だなんて言っていられないよ。だって、高校に入ったら学校の勉強のレベルは格段に上がるし友達関係もある。習い事や部活動、趣味の時間だってある。今あなたが「政治」について語れないのだとしたら、それはあなたの生活の中に「政治」が組み込まれていないからだね。効率的に物事を進めるという視点は大切だが、それ以上に大切な視点は、何かを取り入れたら何かを捨てなければならないということだ。取捨選択のために優先順位を考えるとしたら、「自分たちの未来」つまり「世の中のこと」を知るのが最優先事項だ。その選択はごく当たり前のことだし、そこが”学びの出発点”であるべきだろう。
一人でも多くの人と、高子屋で”世の中のこと”について語り合いたいなぁ!


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