選ぶ

生き方

 最近、この『選ぶ』という言葉について、強烈に思考を重ねるようになった。若い君たちは、自分の将来には“無限”と思えるくらい十分な時間があるように感じている人が多いのではないだろうか。私も子どもの時に「時間は有限なんだよ」と言われたとしても、きっとあんまり実感が湧かなかったことだろう。今日はこの「選ぶ」ということについて話をしようと思う。

 選ぶということは、いくつかの選択肢がある場合に使う。「今歯を磨くか後にするか」のように、早かれ遅かれやることについての選ぶことや、「今日はどの服を着ようか」などといった、今日を逃しても明日また別の選択をすることができること、「高校受験はどこにしようか」など、一つを選んだらそれ以外は選ぶことができない(厳密にはできるが)ことなど、人生には本当に様々な種類の選択肢がある。

 「人生の中の大きな目標」を持つことができると、今何をしたらいいか見えてくる。前回のブログの大谷翔平選手の曼荼羅チャートとも関係してくる。そして、何かを選ぶということは、何かを捨てるということでもある。一流のピアニストになるという夢を持っている人は、長い時間ゲームをするということを捨てているし、プロ野球選手になろうと思う人は、プロサッカー選手になるという夢を捨てていると言うこともできる。ここで気づいてほしいことがある。ピアニストの夢を追うことも、気晴らしに遊ぶことも、プロ野球選手やプロサッカー選手になろうとすることも、どれも選択として”本人がやりたいこと”であり、人に迷惑をかけているわけでもないので、どれであっても「正しい道」と言える。でもだ。“正しい道だからと言っても、時間がそれを許してくれず、選ぶことができないのが人生”ということを強烈に意識してほしい!

 私は、仕事の同僚と最近飲み会に参加した。仕事場でのお付き合いというのも重要ではあると考えるからこそ参加したのだが、何か心の中で「この選択肢でいいのかな」とモヤモヤするものがあった。私の人生には目標がある。以前ブログでも話をした、討論クラブを立ち上げて、その事業を拡大したい。その大きな目標を掲げて実際に今日もそれなりに行動をしているのだが、きっとまだまだ努力が足りないし、それほど悠長なことを言ってダラダラ過ごすわけにもいかない。飲み会も大切なイベントではあるが、職場で会っているのだからそこでよい関係を築くことだって十分できる。君たちも別にプライベートで会わなくても、学校の中だけでよい関係を築くことができるでしょ。それと一緒さ(もちろん、プライベートで会ったりお泊り会をしたりすると、より絆が深まったりするけどね)。自分にとって正しい・やりたいことだからといって“何でもやる”では、自分が本当にやりたいことが叶わないということをもっと自覚しろーっ!と自分を戒めた。

 あなたは今大きな目標や夢があるだろうか。もしあれば、そこに信念をもって「では、そこに向けて何をすればいいのだろう」と考え、逆算していけばいい。そのための曼荼羅チャートだ。具体的に自分の方向性を見出し、今と未来の懸け橋を作るという作業だ。目標や夢がなければ、目の前のことに一生懸命取り組んだり、今までやったことのない世界に足を踏み入れたりして、世界を広げる必要があるのかもしれない。自分の道がもし決まったら、そこに向けて行動をすると、本当に充実感や達成感が湧いてくる。他の正しい選択も堂々と捨てることができるだろう(正直、自分の夢に向かって真剣に取り組んでいたら、あまり他のことに目移りしないのかもしれないけど)。

 今日、私が今仕事とは別に運営している高子屋(学習支援教室)に、一緒に働いてくれている仲間が3人来てくれ、メンバー4人が全員そろった。その後、一緒に喫茶店で将来のことをあーだこーだと真剣に議論したんだ。それは、自分の目標に向かって必要なことで、本当に充実した楽しい時間だった。今日の議論のおかげで未来に近づいたと感じている。心がとても幸せな気持ちだ。

 みんなにも「選ぶ」ということをしっかり意識してほしい。自分の人生を世話するのは結局自分以外にない。だから責任をもって、自分の進む道を決めてほしい。どれだけ楽しく、正しいことであっても選べないことがある。それが人生なんだ。
 あなたには確かに無限の可能性があるが、結局自分の足跡を振り返った時、一本の道しかないということもしっかり理解するべきだろうね♪

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