人間関係で悩み、成長する

学校

 「あの人には言えない…。」例えば、先生が怖すぎて自分が思ったことを遠慮して言えない。立場が違ったり、相手の年齢が上だったりして、なかなか言いたいことが言えない。そんな経験はよくあると思う。中学生にもなれば、部活動などで異学年(上級生)の人と会話をすることもある。規律を重んじる部活動では、小学校の頃のように「〇〇く~ん」というノリにはなりにくい。

 あなたが何かに不満をもった時、「解決するためにちゃんと相手に自分の意見を伝えることができるかどうか」というのは、生きる上でとても大切な力だ。自分の言いたいことを言えなければ、人に流されるし、それはもはや自分の人生を生きているとは言い難い

 小学校の高学年の担任をしていた頃の話。クラスの中でかなりヤンチャな子(A君)がいた。その子は本当は気が小さくて臆病なのが伝わってくる子だった。自分に都合が悪いことがあったり、誰かに注意されたりすると「うるせーわ」「ぶっ〇すぞ」とよく言っていた。担任の私に対しても、機嫌が悪いと文句を言っていたし、反抗的な態度もとっていた。まぁ正直そんな子も中にはいる。私が残念だったのは、その子に流されていた周りの2~3人の子だ。

 A君は臆病なため、誰かに注意されたら自分一人では抱えることが難しく、すぐに周りの友達に「オレ悪くねーよなぁ」と同意を求めていた。その周りの子たちは「うん」と同調していた。A君は授業中も私語をしていたり、静かにではあるが他の友達にちょっかいをかけたりしていた。そしてそれに合わせる周りの子たち。私はその周りの子たちを空き時間に別室に呼んで話をしてみた。すると、本音がポロリポロリ…。

 「本当はちゃんとやりたい」「A君に言いたいけど言えない」などなど。私は「まず、君たちはA君にとって本当の友達ではない」と告げた。そして、「本当の友達になろうと思うなら、言いたいことを伝えられるようにしよう。あと、自分の人生なのに、人に流されててどうするんだ」と。

 本音で生きるのは難しい。でも本音で生きるととても楽しい。本音で生きると、自分で決めていける。自分で決めていくと、自分で責任をとるしかなくなる。なんていい人生なのだろう。逆に。本音で生きないと人に流されてしまうことが多くなる。本音で生きないとあなた自身どんな人なのか、周りもそして自分でさえも分からなくなる。だから、本当に気の合う人とも巡り会えなくなるかもしれない。人のせいにしてしまうような人になるかもしれない。本音を言えないって悪いところだらけだ。

 学校の道徳の教科書には、その学年(発達段階)に合わせたテーマで話があり、心をより豊かにするきっかけを与えてくれる。でも、多くの子はそれを道徳の授業の時の話だけで終わってしまう。実践がなければ意味がないというのに…。もちろん習ったこと“全て”を実践に繋げようなんてことは現実問題として不可能だ。ただ、自分の中の価値観を“アップデート”していく必要はあるだろう。あなたは歳相応のアップデートができているだろうか。「アップデートのできていない心」は、まさに字のごとく「アップデートできていないスマホやタブレット」と同じだ。もう時代に取り残されていくだけ。あなたの心を磨く活動を、毎日続けていくように心がけよう!

 教員時代に小学校高学年の子たちに「親友ってどんな存在?」と聞いたことがある。すると「ケンカするけど、仲直りする関係」という意見に「おぉ、いい意見だなぁ」と思ったことがあった。本音を喋れる仲だと、当然のように意見が食い違う。だって違う人間なんだから。時にそれが理由でケンカをして少し離れる期間があることもある。でも、その子が自分にとって大切な存在なら、ケンカをした後も必要だからこそ仲直りするものだ。それをギュッとまとめて表現してくれた言葉だったのだと理解する。確かに私も本当に仲が良かった当時の友達らを思い出すと、時にケンカすることもあった。でも本当にその存在がかけがえのないものだったので、何度も仲直りをしたことを記憶している。

 人間関係は失敗と成功そしてアップデートの繰り返しなんだ。未来のあなたの幸せは、今のあなたの生き方の先にあることを忘れてはいけない。

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