小学生の頃からよく言われる「あいさつ」。あなたにとってあいさつをする理由は何?
自然と誰にでもあいさつができる人は、あいさつをする良さが考えなくても”細胞レベル”で自分の身体に浸透している。たとえば、あいさつはコミュニケーションを生む。朝誰かと会ったら「おはよう」と言うだけで終わることがほとんどかもしれないが、「今日も元気そうだな」とか、「いつも笑顔なのに、今日は浮かない顔をしていたなぁ…」など、何かしら伝わってくる情報も、会話はなくとも「あいさつ」によって生まれるコミュニケーションと言えよう。仲良くなりたい人に対して、あいさつに“プラス1つ”付け加えることを日課にしてみてもいいかもしれない。「おはよう、髪型ステキだね」とか、「おはよう、(ニコッ)」とか。
私は、あいさつをちゃんとしたいと思っている。いつ・誰に対してもだ。年上や年下などまったく関係ない。もともと喋るのが好きなのもあるが、一番大事にしているのは『この人を大切にしたい』という思いだ。タイトルにもある、「拍手」も同じ。学校にいると、やたらと拍手をする機会がある。一度周りを見渡してみてほしい。ほとんどの人が“形式的”に拍手をしている。「そういうものだから」という思考だ。つまり頭を働かせておらず、何も意味を持たずに労力を使っているという“一番最悪”な状態だ。「それならやめちまえ!」とは言えないが(だって拍手はしてほしいから)、ちゃんと考え方をアップデートしなきゃと思う。逆に、相手に届くように拍手をちゃんとしている人も、”ごくわずか”だろうが存在する。見つけてみてごらん。その人は確実に信用できる人だ。もちろん1回だけじゃだめ。たまたまかもしれないし。何度も見てみると、その人の行動から内面が伝わってくる。人間観察は実に面白い。
次に。あなたは相手の目を見て会話をしているだろうか。それが恥ずかしいという人も、少しずつでいいから人の目を見て話せるようになるといいと思う。では、人の話を聞く場合はどうだろうか?
学校では、大勢に対して話す人(朝会での校長先生や授業をしている先生、代表として話してくれているお友達)の話を黙って聞くという機会がけっこうある。話している人を見ていないと、他の情報(景色や人の様子)が飛び込んできて、意識が話と違う方にいってしまったり、他ごとを考えているからこそ、話している人の方を全く向いていなかったりすることがある。基本的にわざわざ人の時間を制してまで話すことだ。良い情報かどうかは別にして、その人自身は「良かれ」と思って話してくれている。だから、あなたにとってある程度聞いて損はない情報である可能性が高い。
あなたがみんなの前で話をするということもあるだろう。小学校や中学校では、日直が順番に回ってくる学校がほとんどだ。朝の会や帰りの会でスピーチをする時もある。そんな時も、ぜひ『この人を大切にしたい』という気持ちで、その話している人の方を見て話を聞いてほしいと思う。みんなが話している人の方を向くと、話し手がより緊張するということも考えられるが、下を向いていたり聞いていない様子が伝わってきたりするよりか、はるかに嬉しい気持ちになる。「あぁ、自分の話を真剣に聞いてくれているな」って。きっと人前で話して「自分の話をちゃんと聞いてくれて嬉しかった」と思えた人は、きっと聞き手になった時もちゃんと話し手の方を向いて、真剣に聞けると思う。
私は教師をしていた時、子どもたちが素敵な姿勢で真剣に話を聞いてくれたら、「しょうもない話はできないな」「伝わるように準備をしよう」と思っていた。これこそが“相乗効果”だ。
“お互いに大切にし合える関係”って「キレイごと」だろうか?多くの人が集まる学校なら、全員とそんな関係を築くことは難しいかもしれない。でも雰囲気って100%である必要はない。まずはあなたが優しく、相手を大切にするところからスタートして、“与える側”の人になってほしい。私が最後にいた学校の職員室は、全員かは分からないが、お互いを大切にしている雰囲気があったと思っている。私自身「大切にしてもらえている」という実感をもちながら働くことができていた。なんと幸せだったことか。
ぜひ、まずは自分から。そして次に自分の身近な人へつなげていってみよう。



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