学校や習い事の友達とプライベートで遊ぶ。学校や習い事の最中に“必然的に関わる”のではなく、“自ら進んで遊ぶ”。後者には「自分で選択する」というニュアンスがあるだけに、あえてプライベートでも遊ぶというのは、より仲が深まる可能性を秘めている。
あなたのお家は、友達を気軽に呼べるお家だろうか。時期(その子の年齢)によっても違うだろう。お家の人が働いていて家にいないという理由であるなら仕方がないが、お家の人がいるにもかかわらず、「家に友達を呼びません」という方針がある家庭も結構あるだろう。逆に、「子どもたちだけでも、全然家で遊んでいいよ」という方針の家庭もあるだろう。
私は子どもの時、家に友達を呼べない家庭だった。大きな理由としては、両親が共働きで家に帰ってくるのが18時~19時だったから、『子どもたちで遊ばせるのも…』と言ったところだ。あと、『家に友達を入れるほどキレイにしてないから』というのも呼べない理由の一つで、母親から言われていた。子ども心に、残念だった記憶が残っている。いつも友達のお家にお邪魔するのが申し訳ないという気持ちにもなっていた。
こうして、自分の少年時代を振り返ってみると、今「こうすればよかったなぁ」と思うことがある。それは、“呼ぶのが自分である以上、責任をもって家に迎える準備をすればいい”ということだ。親に言われたから「そうですか、分かりました」ではなく、本当に友達を家に呼びたいのであれば、呼ぶためにはどうしたらいいのか考えればよかった。私の親が私に突きつけてきた『ダメな理由』は、①子どもだけだから、②家がキレイじゃないから。この2つの”障壁”に挑めばよかった。
まず、「子どもだけだから」は、万が一何か問題が起きた時に困るということなのだろうが、『問題』とは何なのか、ちゃんと確認をしておけばよかった。勝手なことをして信用がなくなれば、これから友達を家に呼べなくなるのは自分にとって不利益なわけで、そうならないように気をつければよい。しかも家で正しく楽しく遊んでいるのであれば、親にとってマイナスなことは特にないし、子どもの成長にもつながる。子どもたちは「管理されていない状況下で自分たちでできたこと」によって成長を実感できるものだ。まだにWin-Winの関係になると言えよう。
もう一つの「家がキレイじゃない」は、まぁ…確かにあまりキレイとは言えない家だったかもしれないけど、「それならオレが友達を呼べるように、使う部屋やトイレ、玄関をキレイにします!」って言えばよかった。当時はそんなこと全く考えなかった。でもよくよく考えたら、こちらもWin-Winの関係になりそうだ。その子がもともと家の掃除を積極的にする子ならいいが、なかなかトイレやリビングなどの共用スペースを掃除するなんていう超優秀な子はそれほどいないものだ。“友達を呼ぶために”という立派な目的に向かって掃除を頑張る。ステキじゃないか☆☆
掃除は家事の中でもなかなか終わりが見えない”種目”の一つだ。遊ぶ当日の朝に掃除をすると言って意気込んでも、途中で心が折れてしまうかもしれない。そしてきっとこう思う「もっと楽に準備(掃除)するために、日頃から掃除をしなきゃ…」と。こうした経験を経て、掃除や整頓のレベルが少しずつ上がっていく。
自分の身の周りを見渡せば、案外”考え方次第”で自分にとってプラスになることってたくさんある。人のせいにしたところで、自分の成長にはならない。少年時代の私は、友達を呼べないのを“親のせい”にしていた節がある。でも、自分がそうしたいことに向けてどんな行動を起こすべきなのか考え、実際に行動することが大切だったのだ。あなたは親の考え方が変わるのを待つ?それとも、自分を変える?どちらが早いかはもう分かるよね。きっとたくましく未来を生きている自分の姿が想像できるね♪
さて、GW終盤の明日、私は友達を何人か家に招く予定だ。それに向けてそれなりに掃除や整頓をしてきた。玄関の水拭きや部屋の掃除機がけとモップがけ。キッチンコンロをキレイにしたり、最近作ったリースを飾ったり…☆そんな時間は楽しくて仕方がない。そしてこれからもガンガン家に友達を呼びたいなと思う。そうした方が家もキレイになるだろうし、人と交流する文化をつくっていきたいから。
とにかく『本気で思うなら、やれ』だ!



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