あなたが好きなことは何だろうか。趣味と言われるものを想像したらよいだろう。ゲームや読書、YouTubeを見ること、スポーツをすること…など、言い出したら無限にありそうだ。何年か前から、「〇〇評論家」といって、その分野に詳しい人がテレビに出て、その番組で紹介しているジャンルについて詳しく解説をしているのを目にする。プロ野球について「野球解説者」と言われる元プロ野球選手が説明したり、日本の政治について「ジャーナリスト」と言われる人が意見をしていたりすることは普通なのだが、夏になれば「かき氷評論家」、秋になれば「栗きんとん評論家」など、かなり細かい一つの分野を追求している人がテレビに出ていろいろ説明をしてくるようになった。そういう「〇〇評論家」が出始めた時は、心の中で「何だそれは?」とツッコミを入れていたのだが、最近はもうそれが当たり前すぎて、普通に受け入れながらテレビを見るようになった。
あなたは将来、自分の好きなことに特化した仕事をしていきたいだろうか。それとも、好きなことは自分の趣味の世界でやって、仕事は好きなことよりも“向いていること”つまり“自分が優れていること”にしようと思っているだろうか。前者のように好きなことを仕事にできたら、そんなハッピーなことはないのだが、仕事として続けていくには、他の人では務まらないようにその分野を突き詰めていく必要も出てくる。
自分の中にそんなに“とがっている”部分ってあるだろうか。人から見て、「気持ち悪っ!」と言われるような、力を入れているものってあるだろうか。
私は、子どもの頃から2つのことが人よりも好きだったという思い出がある。
1つは、「家の広告」への関心だ。私は小学校の中学年くらいから、新聞にはさまっている広告を見るのが好きだった。とはいえスーパーの食品が載っているような広告には興味がなかった。家電製品の広告は好きだったが、特に好きだったのが家の広告だ。家の間取りを見ながら、「へぇ、カッコいいなぁ」「ゆったりしていていいなぁ」などと想像を膨らませていた。私の家族は、兄弟3人と両親との5人家族で、実家はリビングを合わせて5つの部屋がある、一般的な家だった。狭くて困っていたというわけではなかったが、私の理想では、「もう1・2部屋欲しい」というのが、子ども心に思っていたことだ。そういった気持ちが広告に載っているモデルハウスのような大きい家への“憧れ”となっていたのだろう。大学や社会人になってから一人暮らしをする時には、この趣味を活用したものだ。そして、自分の家を建てる時にも、間取りを自分で決めてハウスメーカーに提案した。ただ、これを仕事にしたわけではなく、あくまで趣味の範囲の話。
2つ目は、「ボクシング」。これも小学校の中学年くらいから興味をもつようになった。5年生の時に、名古屋市で行われた“世紀の一戦”『辰吉丈一郎VS薬師寺保栄』の試合でさらに心を奪われ、それ以来現在までずっとボクシングのファンだ。みんなも知っているだろうか「井上尚弥」というボクシング選手を。彼のことが載っている記事は、基本的にほとんど読むようにしている。有名な「井上VSドネア」の第2戦目の2回KO勝ちの試合は、もうかれこれ10回は見ているのではないだろうか。(5分くらいで終わったからというのもあるが。)教員時代に、後輩の先生にボクシングの話をしていたら、「先輩のボクシング熱、気持ち悪いっすね♪」という“お褒めの言葉”をもらったほどだ。やっぱり“好き”ってこれくらいとがらなきゃ!
さて、私の話が長くなって申し訳ない。どちらも私を彩る要素ではあるが、あくまで趣味の世界。仕事にしているわけではない。あなたは、今自分自身が「とがっているなぁ」と思うものをもっているだろうか。友達から気持ち悪がられるくらいのレベルだと良い。まだ無くても全然構わないけど、いわゆる自分だけの“マニアックな世界”というのは、時間を忘れて没頭できるし、心に“やすらぎ”を与えるものでもあると思う。今無いということは、まだ、自分が知ってきた世界には無かったというだけのことだ。人間「ビビッ」っとくるものだから、まだ出合っていない人は、どんどん新しい世界に飛び込んだらいい。100個の中から選ぶより、1000個の中から選んだ方が、自分にピッタリ合うものに出合うに決まっているからね☆
とにかくとがれ!とがりまくれ!今は調べようと思ったらスマホやタブレットなどで簡単にアクセスできる。まずはそこからでいい。でも、それは誰でもできること。もっととがるなら、『体験』することだ。それしかないっ!



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