「幸せになりたい!」
よほどのあまのじゃく以外、誰もがそう願うものだろう。
幸せの定義というのは人それぞれ違う。お金を稼いで、素敵な家や車を買って、誰もが羨むような人生を送ることを願う人もいれば、田舎でゆったりと自分そして家族との時間を過ごすことを願う人もいる。そのどちらもいいなと思うから、ちょうど真ん中くらいを求める人もいる。
時代が進むにつれて、科学の進歩は目まぐるしく、人類は数々の“不便さ”を打ち消してきた。昔は自然災害によって農作物が取れず餓死してしまったり、地震や水害などで多くの人の命が失われたりしていた。もちろん今もそうではあるのだが、人々は悲惨な経験を通して、一歩一歩前へ進み、命が自然災害で脅かされる割合というのはかなり減った。他に命というと、寿命に関しても同じことが言える。多くの人が少しでも長生きをしたいと思っているが、今や「人生100年」と言われるようになっている。ちなみに、戦後まもなくの1947年のデータでは、男女合わせても平均寿命が50歳を少しこえる程度だから、本当にすごいペースで平均寿命が上がっている。
また、移動手段も「歩く」ことから、動物、そして自転車などの道具が使われるようになり、そこからさらに車や電車、飛行機など“よりはやく”、“より遠くへ”行けるようになった。同じ1年でも、できることが桁違いに増え、人生が長くなっただけでなく、効率化によってその“濃さ”も、昔に比べるとかなりのものだ。
人々が「長生きをしたい」「濃い人生を歩みたい」と願っていることを前提とすると、人々はすでに幸せをつかんでいるはずである。ところが。世の中(特に日本中を)を見渡してみると、そんな幸せを多くの人が実感することができているのだろうか。あまりそんな風には感じない。理由はいろいろあるだろうが、今回、二つの話を取り上げたい。
一つ目は前回のブログであったように、その恩恵に感謝するほどの“ゆとりがない”ことだ。心にスペースがないと“今の自分”というものを感じることができなくなってしまう。例えば、「幸せ」と「成長」には大きな相関関係がある。あなたは、今までの人生で「見た目」だけではなく、「自分でできること」をどんどん増やして確実に成長してきただろう。それはとても素晴らしいことだし、ぜひそんな自分の成長を実感して幸せをかみしめてほしい。もちろん、そこには周りの人の支えもあるわけだが、誰しも支え合って生きてきているわけで、とにかく成長しているあなたは幸せを実感してよいはずの存在だ。にもかかわらず、自分の成長すら実感できないような“ゆとりのない生活”を送っている人がなんと多いことか!
ゆとりで言えば、父の日や母の日、家族の誕生日、敬老の日などに、前もって何か準備したり、プレゼントをしたり、気持ちを言葉で伝えたりしているだろうか。忙しくてゆとりがないと、そんなことに“気づく”ことすらできなくなってしまう。『時間』というゆとりについて、今一度考えるべきだろう。
二つ目は、“人が自分の周りと相対的に比べてしまう”ことだ。特に日本は“自分は自分、他人は他人”という線引きが弱く、まだまだ「個」よりも「集団」を大切にする文化があるので、どうしても他人に目が行きがちだ。SNSは“情報を交換し合えることによって、さまざまな世界を知り、自分の選択肢を増やすことができる”というメリットがある。幸せとも関わる“つながり”も大切にすることができる。つまり、簡単に言うと“幸せをつかむ手段”なのだ。にもかかわらず、一部の人たちにとっては「人と比べるもの」、「人を誹謗中傷するもの」になっており、そこに関わる人たちを逆に不幸にしているケースが非常に多い。
以上のことから、私はまず、『自分の幸せって何なのか、真剣に考えること』が大切なのだろうと思う。あなたは「あなたという会社の唯一無二の社長」である。会社というものは経営をする上で、なぜ存在するのか(どうありたいのか)という『理念』がある。人だって同じだ。あなたの幸せって何だろう。真剣に考えてみよう。もちろんまだ小学生や中学生だったら、あなたの世界はこれからまだまだ広くなり、考え方もどんどん変わっていく。それでいい。まずは今、自分の考え方をしっかりもつということが幸せになるために大切なことだ。
3月18日(土)現在、野球の世界大会「WBC」が開催されており、日本はベスト4までコマを進めている。チームの精神的柱であるダルビッシュ有選手が、会見でこう言っていた。「勝ち負けは相手があるから自分ではコントロールできない。自分がコントロールできる部分である準備・過程を大切にしたい」。これは、アドラー心理学でも有名な考え方だが、自分の課題とそれ以外の課題を切り分けるというものだ。
考え方というのは、人生を左右する。自分にフィットする考え方もあると思う。まず「知る」ことがとても大切な学びだ。むしろ、国語や算数よりも大切だろう。
さぁ、今こそ真剣に「幸せ」と向き合うタイミングではないだろうか。次回も「幸せ」の続編について書こうかな…うん。



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