おはよう!今週末もエネルギッシュに過ごそうと思っている私。みんなはほっと一息?宿題など、やることを済ませた後の、あの“自分でやることを選べる時間”、最高だよね!早くやること済ませろ土曜日!
このタイトルを聞くと「言いたいことも言えないこんな世の中じゃPOISON♪」という反町隆史さんの24年前の歌が主題歌になったドラマ『GTO』を思い出す。あぁGreat Teacher 鬼塚…懐かしい。と、まぁそれは余計な話だが、言いたいことが言えない世の中って、そりゃ嫌だよね。もちろん、頭の中に思い浮かんだことを何でもかんでも言っていいわけじゃないけど、正しいと思ったことは堂々と言える世の中でありたいよね。
私は好きな言葉をいくつももっている。一番好きなのは『一期一会』だ。後から後悔するなんてもったいないから、今目の前で起きていることを“出会い”と捉えて、大切にそして感謝して生きていきたいと思っている。でも、それに並ぶくらい好きな言葉、それは『罪を憎んで人を憎まず』という言葉だ。これは、その人の“生き方”を表しているように感じる。
私は前職で小学校の先生をしていたこともあり、当然、クラスそして学校の子どもたちに対して注意をすることはよくあった。もちろんそれ以上にたくさん褒め、笑い合った。子どもたちを注意する時も、時に感情をむき出しにして指導する時も”演技をしている”という部分を大切にしていた。本当の自分なら、普通に許してしまう。「まぁ、いいよそれで」って。でも、私は親戚のおじちゃんではないから、正しさを教えることも含めて“そういうものだ”ということを伝えながら、子どもたちと一緒に考えてきたつもりだ。そうした子どもたちとの関わりの中で『絶対に断言できること』がある。それは、「誰が好きで誰が嫌いという感情はない」ということだ。簡単に言うと「みんな同じだけ好きで大切」ということ。高学年の子ともなると、指導したことで嫌な雰囲気になったり、気まずい関係になったりしたこともそりゃある。それでも、特定の子が嫌いということは一切なかった。人間、相性というものがあるので“この子と合う、合わない”というものはあったが、それが嫌いになる理由にはならなかった。そもそも、人を嫌いになっていいことがない。
『罪を憎んで人を憎まず』…「犯した罪は憎んでも、罪を犯した人まで憎んではいけない」という意味だ。人はたくさん間違いを犯すものだよね。小学校で先生をやっていた時なんて、笑ってしまうくらいに子どもたちは間違いだらけだった。もちろん、小学校の時の私もそうだし、今の私も間違いや矛盾がたくさんある日々を送っている。相手の間違いを「それは違うよ!ダメだよ!」と伝えることは大切だと思う。そこにその人の成長や素敵な未来を願いながら伝えるのであれば、なおさらGood!まさに愛だよね、愛情。小さな間違いくらいで、いちいちその人を嫌いになったり、人格を否定したりしていたら、世の中嫌いな人ばかりになってしまう。周りの人ほとんど嫌いだったら、人生全然楽しくない。
気持ちよく過ごしている人って、大切なことを分かっているんだと思う。ちゃんと逆算している。“どうなりたいか”自分なりに“理想の自分像”をちゃんともっている。「こんな人生を送りたい/こんな人になりたい」→「だったらこう行動しなきゃ」→「だったらこういう心構えでいなきゃ」って逆算している。みんなは“どんな人になりたいか”っていう『終わりのない目標』ってある?「プロスポーツ選手になること」「マイホームを買うこと」っていうのは、達成することができる。素敵な夢であることは間違いないけど、そんな夢も、人生のもっと大きな目標のための手段の一つなんだよね。人生の目標ってざっくり言うと、『幸せになること』『楽しくいること』っていう漠然としたところに集約されるのかなって思う。それがちゃ~んと心の中に落ちていれば、きっと大きな間違いを犯すこともないだろうし、間違ってもちゃんと修正できる。ましてや、人を嫌いになったり、その人を否定したりなんてしない。する必要がない。
今日もダラダラ長話になってしまったが、まだこのタイトル“言いたいことも言えない?”の本質的な部分には到達できていないから、これもPartⅠということにさせてもらうよ。続きは明日へ持ち越し。明日は私の小学校の先生時代の大大大好きな先輩の話もしたい。
さて。ブログの他にもやることが山積みだから、“自分のやることを選択できる時間”をつくるために、今からもせっせと動くことにするよ。



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