魅せられて、魅せる

生き方

 おはよう!秋の心地よい3連休の始まり。

 私が以前働いていた小学校では、2年に1回くらいのペースで芸術鑑賞げいじゅつかんしょう会」というもよおしがあった。そのねらいは「芸術にれて、豊かな心を育むこと」である。バイオリン演奏えんそうによる演奏やプロジェクションマッピングを使ったげき、そしてジャグリング&バルーンパフォーマンスなどがあった。この中で、ジャグリング&バルーンパフォーマンスについて話をしたい。

 みんなは、ジャグリングって知っているかな?手のひらサイズの小さなボールを何個も空中に投げて取ってをくり返す、あの常人じょうじんばなれした技を思い出す人もいるよね。投げるものがボーリングのピンみたいなものだったり、時には箱を投げたり。次から次へと技が発展はってんしていき、見ている人は自分の口が開いていることにも気づかないくらいに心をうばわわれる。バルーンアートも、細長い風船を一瞬いっしゅんふくらませたかと思うと、音楽に合わせて、あっという間にその作品が形作られる。見ている全員が「何になるのかな…」と考えているから、パフォーマンスをする側からすると、成功することも大切な課題かだいではあるが、その予想を超えることも同時に要求されてくる。

 私がそのパフォーマンスを小学校で(教師として)見た時、そのパフォーマーの方2人(ジャグリングとバルーンアート1人ずつ)はどちらも30代くらいの方だった。私は「この人は今までにどんな人生を歩んで、このパフォーマーに辿たどり着き、その後どんな練習を重ねて今にいたるのだろう」と、そんなことに思いをせていた。まず、なぜこの仕事を選んだのか。このような仕事は一般的な進路というよりも、むしろマイノリティ(少数派)だ。中学校の先生や高校の先生が進路の話の場で「あなたはジャグリングやバルーンアートの道に進みなさい」と言っている姿はあまり想像できない。ただ、マイノリティであるにせよ、どこかの広い会場で、テーマパークのスペースで、駅前で、そして小学校の体育館で、今日もどこかでお客さんを楽しませている。その楽しませてもらっているお客さんの中の一人が、目の前で起こるパフォーマンスに魅せられて、そのあまりにも大きな衝撃によって「絶対にこの仕事をする!」と思い、新たなパフォーマーの芽が育つのだろう。

 私は、パフォーマーの方の今までの努力を想像してみた。“プロとして”“職業として”お金をもらい、人前でそれを見せるには、作品を作り上げるために大きな“努力”が必要だ。それなりの“才能”も必要なのだろう。“努力を続けられること”が「最強の才能」ともいう。だからこそ、その仕事が自分にとって“好きなこと”“魅了されたこと”であるということが重要になってくる。寝ても覚めても、楽しくて仕方がないことってなかなかない。私もこのブログを書く時はとても楽しいし、時間を忘れてしまうけど、この先どれくらい続けられるのか、どれくらいの情熱を持ち続けられるのかなんて、自分でも分からない。約40年間の人生を振り返ってみても、ものすごくハマったことはあるけど、何年もそればかりに向き合って、食事も忘れて…なんてことは無かった。だから、パフォーマーの方を見つめながら、今までの人生について語り合いたいなぁ…なんて考えていた。『人に歴史あり』だから。あなたの「自分年表」には、今どんなことが書かれていて、そしてこれからどんなことを書き加えていくのだろう。

 さて。これからの人生、どうなっていくのかなんて全く分からない。この先、みんなは世の中のことを知れば知るほど選択肢せんたくしも増えていき、初めは10個くらいしか知らなかった職業しょくぎょうから選んでいた夢も、100個、200個…と増え、いつの間にか初めに思っていた夢が夢でなくなることなんて、もはや普通のこと。ずっとその夢を持ち続けて、その夢を叶えたとしたらそんな人生もとても素敵なのだろう。逆にこれからの時代、転職するのは当たり前だし、副業をして二刀流、三刀流となることも普通になってくる。ただ、いつまでも”ワクワクしている自分”でいたいよね。ワクワクすることって、その魅力みりょくせられて、今もその魅力にかれ続けているってことだから。人生は”魅力クエスト”だ。”自分にとって魅力あるものを探し求める旅”を前のめりになって楽しまなきゃ!

 小学校でそのパフォーマンスを見せていただいた時、3年生の担任をしていた。3年生の子たちはパフォーマンスに魅せられていたようで、体育館から自分の教室に戻って来てからも、目をキラキラ輝かせてとても興奮こうふんした様子だった。良かったなぁと思ったのと同時に、「君たちもいつか、自分の好きなことで人に魅せるような人になってね」と願った☆

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