ペイ・フォワード

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 私はこの言葉を、高校生の時に見た映画のタイトルとして初めて知った。2000年当時、世界的に有名な子役がその映画に出演しゅつえんしており、内容的にも話題になっていたのを覚えている。映画に興味があった私は、何気なくこの「ペイ・フォワード」を見ることになった。

 英語の意味としては、直訳すると「前へ払う」となるが、そのままだとよく分からない。簡単に言うと、おんだれか別の人に渡していく」という意味になる。受けた恩をその相手に返すのは「恩返し」だけど、受けた恩を別の人に送るということだ。

 映画では、中学1年生の主人公の男の子が社会科の授業で、担当の先生から「世界を変える方法を考えて、それを実行してみて!」というとてつもない課題かだいが出されることになる。そもそも、こんなスケールが大きくワクワクする課題を、しかも中学1年生に出すことにおどろきと興奮こうふんを覚えるよね。やっぱりアメリカってスゲ~!

 この課題に対して主人公が考えたのは、1人が3人に対して良いことをして、良いことをされた3人がそれぞれに3人に良いことをする。すると1人→3人→9人→27人→…といった感じで3倍ずつの人に広がっていくというアイデアだ。非常に素敵だし、数字に変動はあれど、広がるアクションであると思う。まわりまわって自分の所にも良いことが来るので、日本語にある「因果応報いんがおうほう」という言葉ともつながるという視点もある。

 人生を振り返ると、私もこの考えに影響を受けている一人なのだと感じる。例えば、昔から車の運転中に横断歩道おうだんほどうで止まっている人を見かけたら、ちゃんと止まって横断する人を優先ゆうせんするようにしている(今となっては車の運転手に義務付ぎむづけられていることであるが)。そんな時「今親切にしたことが、まわりまわって自分の所に返ってくるのかなぁ」なんて考えながら、ほんの少しだけワクワクする。家の近所を歩いている時に、おそらく同じ地域の人とすれ違う機会があれば「こんにちは」と元気にあいさつをする。この時も「うれしい気持ちになったかなぁ」なんて想像しながら、”正のエネルギー”を送るようにしている。正直、「自分に返ってくるからやる」という感覚ではないのだが、“幸せの総量そうりょうが増えれば、自然と心地よい世の中になるよね”っていう漠然ばくぜんとしたイメージだ。見えないものに対して、見えない寄付きふをしているような感覚だろうか。

 私がこんな気持ちでいられるのには、理由ある。

 その理由とは「経験」だ。正直、人に親切をしてイイことばかりだった“経験”を、今までの人生で十分に味わってきているからだ。特に同じコミュニティ(大人で言えば職場しょくば、君たちで言えば学校など)で親切にすればするほど、その”お返し”はすさまじい。別にモノがもらえるわけでも、お金がもらえるわけでもない。ただ、“そこ”がとにかく自分にとって心地いい場所になる。それを今までの人生から学び、知っている。だから、とにかく人に親切にする。また、自分勝手で自分のことばかりしか考えていないと、自分という一人の人間からしかご褒美ほうびがもらえない。実に閉鎖的へいさてきな世界だ。一方、とにかくいろんな人に親切にする(親切を返してくれない人もいるが、そんなことはどうでもいい)。自分が親切にした人の中から何人もの人が親切を返してくれる。その親切は、他人からなので、実にバラエティに富んだお返しが返ってくる。それがとにかく楽しい。“七色の恩返し”だ。

 日本やアメリカ、ヨーロッパなど世界中のあちこちで、少し前から「〇〇ファースト」という言葉があるよね。実に閉鎖的で排他的はいたてきな印象を受けてしまう。もっと心を開かなきゃ。そんな風に思う。

 ただ、勘違かんちがいしないでほしい。自分が親切にしたからと言って、すぐに親切が返されるわけでもない。しかも、なんなら返されないかもしれない。さっき「寄付」という言葉を使ったので、分かりやすくお金で考えてみるけど、自分の住んでいる市に気が向いた時に10円や100円の寄付をしたところで、安全な歩道橋ができるわけでも、美しい公園ができるわけでもない。そんなもんだ。でも、そんな姿に影響えいきょうを受けて10円、100円と寄付する人がどんどん増えていったら、あっという間に歩道橋や公園はできる。だから、ちょっとずつ、特に欲も出さずに、遊び感覚で人に良いことをしてみてよ。自分の人生が豊かになったなんて思うのはだいぶ先。でも確実に来る。そんな素敵な未来を手繰たぐせよう。ほら、目の前に自分ができる小さな親切のキッカケ、転がってるよ!

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